≪現在ブログ休止中≫  期限を定めずに、過去の記事の大半を非公開にさせて頂きました。
by jean-cocteau
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ジャン・コクトーに関する記事のみを綴っていく
『HOTEL WELCOME』
興味のある方は限られてくると思いますが、個人的にはとても思い入れのあるブログです。かなり真面目な内容で雰囲気もこちらとは違いますので、気が向きましたらご覧頂けますと嬉しいです。

それから“女”をテーマにした新ブログ
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こちらもブログ内の女性に関する記事の改正したものをはじめ、これから色々な記事を追加していきますので宜しかったらご覧になって下さい。

ブログを整理した結果、3つに増えてしまいましたがどちらも宜しくお願い致します。勿論このメインブログも継続していきますので宜しくお願い致します。
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河野 義行さんの妻、澄子さん

松本サリン事件被害者の河野 澄子さんが亡くなられたそうです。
あの時の事件は私もしっかり覚えています。死んでひっくり返ったザリガニが何度も映し出されていたっけ……それにしてもこの事件はマスコミの報道というものは必ずしも正確ではないというのを世間に認識させた事件だと思っています。
私は河野さんは犯人ではないという事が確証された後の報道番組を見て、世間の善意の他人からという名目で「素直に犯人だと自首しなさい」「しらじらしい言い訳はやめろ」という手紙が全国から河野さんの元へ届いていたことを知りました。完全にその人達はマスコミの報道を鵜呑みにし、無罪の人を勘違いで追い詰めていたに過ぎないのですが……善意、自分のカン、そういうもので人を追い詰める罪というのは恐ろしいです。マスコミも悪い、それを見て善意の名の元に行動する人間は更に恐い、と当時思ったものです。
そして、河野さんは反論こそしなかったものの、その手紙を全てファイルに入れて保管しているそうです。

しかし、世間はこの事件の後、この様な事を2度と繰り返さないという気持ちは本当に芽生えたんでしょうか!? 最近も話題になっている痴漢の冤罪をはじめ、カンで暴言を吐きまくっている様なブログもとても多いのが現状です。
インターネットが普及した今、更に酷い冤罪事件が繰り返されないとは断言出来ません。

世間の唯一の救いは、河野さんが非常に人格者であったという事です。
暴言に暴言で反論するのではなく、着実に静かにやっていないという事実に沿って誤解を解く様してこられた事。そして、事件以来寝たきりになってしまった澄子さんを優しく愛し続けていたこと。
その後の報道番組で「すみちゃん、すみちゃん」と寝たきりの澄子さんの耳元で呼びかけていた姿を鮮明に覚えています。

私は当時、この報道を見てドイツ映画の『』を思い出しました。まあ、内容としては違うのですが、警察、マスコミ以上に善意で牙を剥く一般人の恐ろしさが似ている気がして……とにかく、冤罪事件と言うのは本当に罪です。繰り返してはいけないと思う。そして……カンで、正義のつもりで、他人を冒涜するのは止めましょう、としか言えないです。
大体、うちの母親も植物が好きだし、当時母親も「うちにも殺虫剤とか薬は大量にあるし、犯人呼ばわりされたら困るわ。」なんてよく言っていました。うちだったら、私が熱帯魚を飼っているから、下手したらその病気の治療薬含め、更に怪しかったかも知れない……

罪な事件でした。

そして……亡くなった澄子を抱きかかえて車に乗り込もうとしている河野 義行さんの映像を見て、河野さんの人柄だけが私の中で立派に映るのでした。
<河野澄子さん死去>「14年間家族のために生きてくれた」
2008年8月5日 12時51分 毎日jp

 松本サリン事件被害者の河野義行さん(58)の妻澄子さん(60)が5日、亡くなった。事件発生から14年。澄子さんは事件の後遺症で意識が戻らないままだったが、容疑者扱いを受ける苦難を乗り越えてきた河野さんは「家族のために生きてくれた」との談話を公表した。オウム真理教事件の被害者らからも冥福を祈る声が相次いだ。

 「限りあるエネルギーをより有意義なことに使いたい」――。河野さんは澄子さんへの思いを常に持ち続け、看病を続けていた。

 河野さんが今年6月発売の5冊目の著書「命あるがぎり―松本サリン事件を超えて」(第三文明社)を上梓(じょうし)したのも意識が戻らないまま還暦を迎えた妻への感謝の気持ちからだった。同書には「家族を支えているのはあなた(妻)だよ。子供や世の中の人もあなたの存在に励まさされているんだよ」と記した。

 6月26日、河野さんは澄子さんを病院に見舞った。その時点で、澄子さんは胃腸の動きが弱まり、「余命3カ月」と医師から宣告されたという。今月4日には医師から「あと1週間ぐらいの命かもしれない」と告げられていた。5日午前2時45分ごろに病院から「状態が危ない」と一報があり急行したが、医師の「間に合いませんでした」との言葉で、妻の死を知ったという。 松本サリン事件で次男豊さん(当時23歳)を亡くした小林房枝さん(66)は「大変残念です。奥さんと直接お会いする機会はありませんでしたが、事件以来、14年間も意識のないまま闘ってこられた象徴的存在だったので、本当にさみしい気持ちがします。奥さんが頑張ることが、私たちの心の励みになったと思います。オウム犯罪の恐ろしさを今一度、感じます」と悔しさをにじませながら話した。

 オウム真理教元代表で新団体「ひかりの輪」の上祐史浩代表(45)は5日、「深い衝撃と悲しみを感じている。私たちの罪の重さを改めて強く自覚し、再び同じ過ちが繰り返されないための総括や賠償などを通じて、いっそうの償いに努める」とのコメントを出した。

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by jean-cocteau | 2008-08-05 15:46 | ニュース、報道について
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